令和8年4月10日(金)
新入生35人を迎え、令和8年度が始まりました。子どもたちはとても張り切って登校しています。6年生は1年生の手を引いて、後ろを振り返りながらゆっくりと登校しています。各教室では、新しい担任の先生と出会い、係を決めたり、さっそく授業を受けたり、新しい学校生活が始まっています。
今年1年、豊岡小学校の出来事を、不定期ですがお伝えしていきます。保護者、地域の皆様、どうぞよろしくお願いします。
令和8年4月10日(金)
新入生35人を迎え、令和8年度が始まりました。子どもたちはとても張り切って登校しています。6年生は1年生の手を引いて、後ろを振り返りながらゆっくりと登校しています。各教室では、新しい担任の先生と出会い、係を決めたり、さっそく授業を受けたり、新しい学校生活が始まっています。
今年1年、豊岡小学校の出来事を、不定期ですがお伝えしていきます。保護者、地域の皆様、どうぞよろしくお願いします。
令和8年3月11日(水)
今日の昼休みは今年度最後の縦割り遊びです。今日は5年生が初めて遊びのリーダーとして遊びを進めてくれました。場の設定や、遊びの説明、遊びの進行など、やることはたくさんあります。5年生たちは、仲間で話し合って進行したり、時折低学年や全体に指示を出したりしながら、約30分間の遊びを進めていました。うまくいったことも、うまくいかなかったこともあったと思いますが、まずはやってみることが大切。新年度の縦割り遊びに向けて、引継ぎと良い準備ができました。あと1週間ほどで卒業式です。一つ一つ今年度最後の取組が進んでいます。
令和8年3月4日(水)
今日は豊岡鞄協会から、卒業をお祝いして、子どもたち一人一人にミニカバンをいただきました。豊岡の伝統産業であるカバンづくりを子どもたちにいつまでも感じていてほしいとの願いから、色とりどりのミニカバンを送っていただきました。豊岡の子どもたちの卒業を祝い、子どものことを想ってくださるたくさんの方々の愛情が込められているミニカバン。カバン協会の方のお話をうなずきながら聴いていました。
卒業まであと少し。地域の方々の願いが込められたミニカバンを、いつも自分の近くにおいて、幸せな中学校生活を送ってほしいと思います。ありがとうございました。
令和8年2月26日(木)
今朝の児童集会で、児童会本部役員の引継ぎ式が行われました。児童会活動は、子どもたちが主体的に活動することを目指しています。今朝の集会も一切教師の指示なしで行われました。
退任する現6年生の本部役員からは、「あいさつ運動に取り組み、みんなが協力してくれました。」など感謝の言葉が述べられました。
児童会旗の引継ぎの後、現5年生の新役員があいさつしました。「安全で安心な学校にするために、右側歩行できる学校にしたいです。」など、一人一人しっかりとした目標を自分の言葉で語ってくれました。
豊岡小学校の伝統を引き継ぐ式。素晴らしかったのは、引継ぎの様子を見守っている全校生の姿です。私語もなく、じっと役員を見つめるまなざし。教師が介入する必要すらありませんでした。リーダーを支えようとするフォロワーの立派な姿も見ることができました。応援してくれる人がいるから頑張れる。豊岡小学校の伝統を引き継ぎ、子どもたちがやりたいことが叶う学校になるよう、全教職員で支えていきます。
令和8年2月17日(火)
今日は、豊岡小学校創立記念日です。記念集会が開かれ、児童会本部役員、音楽委員会などが企画し、運営しました。
まず、児童会本部役員から、豊岡小学校創立記念クイズが出されました。とても楽しい雰囲気の中、豊岡小学校にまつわるクイズに、みんな大盛り上がりでした。
次に、3年生からお知らせがありました。総合的な学習の時間に、豊岡小学校のことを調べています。調べたことを、ワークスペースに展示するので、ぜひ見に来てくださいとのお知らせでした。
最後に、音楽委員会の伴奏による「創立記念日の歌」の合唱でした。低学年は体を揺らしながら、中高学年は大きな口をあけながら、元気いっぱい歌いました。
卒業生の皆さんと共にある豊岡小学校。長い歴史を受け継ぎ、子どもたちを健やかに育ててくれる豊岡小学校に感謝しています。
「創立記念日の歌」
とわにはえゆく このにわに
よろこびみちたる きょうの日よ
深きめぐみに 幸あるわれら
あらたな夢は ここにあり
はえよ あれ このにわに
幸よ あれ このにわに
とわにはえゆく このまどに
ひかりあふれる きょうの日よ
遠きかおりに 幸あるわれら
のぞみの花は ここにさく
はえよ あれ このまどに
幸よ あれ このまどに
令和8年2月7日(土)
予定されていた授業参観日でしたが、直前に3クラスが学級閉鎖となり、他の学級でも風邪症状で欠席が増えてくるなど、インフルエンザの蔓延により、急遽中止せざるを得なくなりました。子どもたちの中には落胆する児童もいましたが、「おうちの人が見ているつもりで頑張ろう」とか、「動画で頑張っているところを伝えよう」と気持ちを切り替えていました。
ある学年では、動画を撮っていましたが、「声が小さくて聞こえない。」「早口だから伝わらない。」などがわかり、そのあと、ゆっくり話したり、動きを大きくしたりするなど表現にも工夫が見られたそうです。
また、ある学年では、仲間の発表を聴いて、家族のつながりの強さや、一人一人がかけがえのない存在であること、友達の夢などを聴く素敵な学びの時間となったようです。
保護者の皆様には、ライブで見られなかった授業参観でしたが、子どもたちが今できる精一杯の頑張りが、動画に収められています。今週末タブレットを持ち帰りますので、ぜひお家でご覧ください。そして、子どもたちをたっぷりほめてあげてください。
令和8年1月16日(金)
あの大震災から31年目を迎えます。
今朝は、追悼集会を行いました。校長からは次のようなお話をしました。
今から31年前の阪神淡路大震災で、校長先生は高校の友達を亡くしました。高校の陸上部で彼と知り合いました。彼はいつも一生懸命練習に打ち込んでいました。決して練習を休まず、練習に対するまじめさ、粘り強さはみんなが認めていました。
地震が起きたのは1995年1月17日でした。その前の年の秋に、彼は結婚しました。「神戸で新生活を始めました。」と笑顔の2人の写真の年賀状が届いたのを覚えています。大好きな人と巡り合えて、2人で新たな人生を歩もうとしていた、幸せの真っただ中にいる若い夫婦を、大きな地震が襲いました。二人は、地震で崩れたマンションの下敷きになって亡くなりました。彼はまだ28歳でした。コンクリートでできたマンションが地震で崩れるなんて、だれが予想したでしょう。
お葬式には、高校の陸上部の仲間がみんな駆け付けました。そのうちの一人は、同じく神戸市内のアパートの下敷きになり、近所の人に助け出されましたが、腕を骨折していました。「俺も、一歩間違えば、アパートの下敷きになって、そのあとの火災に巻き込まれて死んでいたかもしれない・・・。」と震えるような声で話していたのを覚えています。彼のお葬式に行きました。亡くなった2人のお父さん達も、お母さん達も、ご家族みんなが声をあげて泣いておられました。「もっと生きたかっただろう。」「もっと一緒にいたかっただろう。」参列した陸上部の仲間全員、涙をこらえることができずに、泣きました。お葬式の最後に2人のご両親は、「どうか2人のことを忘れないでください。」と涙を流しながらお話されました。
あの日以来、私はこうして生きているのが、とても普通でないこと、本当に奇跡だなというふうに感じるようになりました。朝、目が覚めて、ご飯を食べて、人とおしゃべりして、お風呂に入って、暖かい布団で眠りにつく。辛いこと、うまくいかないこともあるかもしれないけど、今、この瞬間に、こうして生きていることが、普通ではない特別なことだと思っています。毎日出会う小さなことに幸せを感じる。家族や仲間との時間を、もっと大切にする。時々立ち止まって、自分の命を感じる。そうやって丁寧丁寧に、大切に生きることで、あなたの命は小さく輝き、あなたの幸せが周りの人を幸せにするのです。
今日、各学級で、「いのちの学習」をします。自分、家族、そしてあなたにつながるたくさんのいのちについて、真剣に、一生懸命学んでください。
この後、「しあわせ運べるように」を歌い、黙とうをして集会を終えました。
真剣に話を聴き、黙とうをささげている姿が印象的でした。
明日は震災から31年。家族みんなで、いのち、つながり、しあわせについて、考える日になりますように。